hiromix

サーフスリーでお店のお手伝い、ウェブ管理をする傍ら、駆け出しのライターとしても奮闘中です^ ^
サーフィン、愛犬、映画、音楽、本、書くこと、走ること、簡単なお料理、食べること、お酒、旅、おしゃべり…あげてみると意外と好きなこといっぱい。欲張りだな私(笑)

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実りひとつ

次男坊、3月に合格することができなかったサーフィンの級認定試験『2級』を、鹿児島支部主催の認定試験で再チャレンジ。無事合格することができた。前回は、「スピードも、技をかけるセクションもバッチリ。だけどパワーが足りない」そんな講評をいただき、悔し涙と同時に自分に足りない部分を再認識する結果となった。「小さな体では、なかなかパワーのあるサーフィンは難しいのでは?」安易にそう考えてしまう私に夫が、「小さくてもちゃんとそれなりに、魅せるライディング、評価されるライディングはできる」そう言って、次男坊にいろいろとアドバイスをしていた。そしてそれを素直に聞きながら、もっとパワーのあるライディングを目指して、意識して、練習していた。ちょっと変化が出てきたなってタイミングでたまたま、ショップ仲間から鹿児島支部の認定試験を自分が受けるついでに、息子も連れて行ってくれると言うありがたい話があり、再チャレンジすることになったのだった。仕事をしながら、結果をヤキモキとして待つ私の元に、合格をいただいてすぐの写真が届いた。それが最初の写真です。今回のヘッドジャッジが、前回と同じ方だったのがまた、なんだかうれしかった。帰宅後、どんな講評をいただいたのかを尋ねると、「ボトムターンもリエントリーもバッチリ。パワーのあるいいライディングでした。」そんな言葉をいただいたのだそう。もちろん前回を覚えていてくださった訳ではないのでしょうけど、一番聞きたかった言葉をいただけたのが、何よりもうれしかった。実りある1日となった。連れて行ってくれた仲間にも、感謝感謝の1日でした。

愛おしい

あれは長男坊が1歳を迎えようとするころだったか?洗い物か何かをしていたら、「たーたーん!」リビングから長男坊がそう呼ぶような声がした。「え?もしかして今「かーさん」って言った??」(我が家にはママと呼ぶ文化はありませんでした(笑))始めて聞いた「かーさん」の言葉にびっくりして、あわてて駆け寄ったら、「ん?なーに。ボク何も言ってないよー。」とおどけているみたいな、もしくはちょっぴり得意げに見えるような、そんな何とも言えない笑みを浮かべながら、ちょこんと座っていた。**目的や目標がはっきりとしている次男坊に対して、長男坊は、なんだかじわーっとのんびりしているところがあって、それはそれでたまらなく愛おしい部分。ただ中学生にもなると、数年後には高校受験というものがあったり、あっという間に将来を具体的に思い描かねばいけない年齢に差し掛かるわけで。(そもそもこの枠に当てはめることも、「本当はどうなのか?」分からないところではあるけど、一般的な?そんな流れというものはやっぱり多少気にかかる)「そろそろ本腰入れて、いろいろなことを考えていかなくてはいけないし、勉強も少し本気を出してがんばっていかなくちゃだよ」そんな風な話もよく言って聞かせたりはするのだけど、当の本人はちょっぴりぽかーんとしている。もしくはそのように見えるのだった。実際は考えているのかもしれないし、思った以上に考えていないのかもしれない。そんな掴みどころのない感じに、私だけが勝手に焦って空回りしている感がある今日このごろなのでした(ってこれ、先日書いた夫に対してと同じ感じになってますね(笑))。そんな長男坊、昨日は暇だったのか、「ちょっと釣りに行ってくる」と出かけて行った。途中心配で様子を見に行くと、ひとり黙々と釣っていて、私に気づくとなんとも言えない笑みを浮かべた。この表情がたまらない。「たーたん!」そう発したときと同じ笑顔。「4匹釣れたよ」そう言って見せてくれたのは、割と大きいサイズのシタビラメだった。大喜びをしている様子はなくても、きっと黙々とうれしそうに釣っていたのだろうなあと想像するだけで、幸せいっぱいの気持ちになる。「これ、晩ご飯にしようか?」そう言うと、「いいねー」そう言って手際よく後片付けを始めた。実は長男坊、小学生のころから釣った魚を自分で捌くことができる。「お母さん魚さばくのは苦手なんだよね~」とこぼしたら、祖父母から教わって、すぐに覚えてしまったのだ。本当にすごいと思うし、私の母としてなんとダメなことかと思うところでもあり、、、。今回も手際よく、お料理をするばかりの状態にしてくれた。頼もしい。頼もしいよお兄ちゃん(涙)。(←ダメ母)ムニエルにしたシタビラメを、おいしく家族でいただいた。「ハー君おいしいね」そう声かけると満足気な表情。よく見ると、いつの間にか魚をすごくきれいに食べられるようになっている。この子はきっと大丈夫なのではないか。おもむろにそんな風な感情が湧いてくる。子どもは親の言うとおりにはならないし、言うとおりにする必要もないのかもしれない。次男坊は次男坊の、長男坊は長男坊の、生き方がきっとある。口出しは多分してしまうけれど(性格上(笑))、決めるのは本人だということを心のどこかで心得ておかねばと思う。

走る

最後に走ってからどのくらいになるだろう。多分2ヶ月近く走っていないかもしれない。そんなわけで今日は午前中、ひっさしぶりに走ることに。近くのクロスカントリーは、一番長いコースを走ると1周約3.3キロ。(滅多には走らないながら)走るときはいつも、がんばって2周しようと決めていたのだけれど、今日は久しぶりということで1周だけ。最初のころは音楽を聴きながら走ったり、スマホをポケットに入れて、時間や距離を測ったりしていたが、最近はタオル1枚持参するだけになった。足音や景色、風などを感じながら走ることが多い。走っていると、いろいろなことを考える。結構自問自答をしていることが多い気がする(暗い)。ときどき父のことを思い出したりもするかな。でもそうこうしていると、だんだん疲労が蓄積されていくなかで、体自身に意識が集中していくのだ。ただただ疲労感とそれに対する感情をコントロールしながら、あと少し、もう少しと、何とか走りきる。走ることは多分、いや全く好きではないのだが、たまにこの一連の流れをやりたくなるのでした。走っていない間にすっかりと蒸し暑い季節になってしまい、体の中からたくさんの汗が吹き出してくる。なんとなくこの汗を出し切ってしまいたくて、汗が止まるのを待ってからシャワーを浴びた。ふと友達の顔が浮かんで、なんとなく久しぶりに会いたくなった。こういうタイミングって、何かのサイン?(笑)走ることで何かが変わるかと言えば、それはきっと何も変わらないのだけど、私はこの一連の流れで、ちょっぴり救われている気がするのでした。

夫と15年続けてきたこと

夫と言う人は、どちらかと言えば、いや明らかに、商売には向かないタイプだなあといつも思う。たとえば大げさに言えば、「日本一のサーフショップを目指す」とか(はい。大げさです)、そういう野心みたいなものが全くない(ないように見える。いや多分ない)のである。もう少し人付き合いをして欲しいなあとか、もう少し営業心があってもいいんじゃないのかなあとか、お店の行く先が心配なだけに、妻としてはそんなことをついつい思ってしまうのだけれど、「そこが(夫)くんのいいところじゃない」と言っていただくことも、恐縮ながら実際には多い。まじめにコツコツと誠実にこなして行くところは、私には真似ができないところだし、尊敬しているところでもある。だけどやっぱり、商売というものはそれだけではダメなんじゃないかと思って。応援してくださる方に、もっともっと満足してもらえるお店にしなくてはと、いつも私は気ばかりが焦っていたような気がする。そんななか、お店を始めてもうすぐ15年。古い家を、自分たちで天井をはがしたり、家族や友人たちに手伝ってもらいながら壁の色を塗ったり。そんな風に、手作り感あふれる小さなお店を一から立ち上げて5年目を迎えるときに、今現在の場所に移転。そこからさらに10年が経つのだ。早いなあ。商売気のない夫がこうしてやってこられたのは、応援してくださる方々がいたからにほかならない。ありがたいことに彼の周りにはいつも、応援してくれる人が必ず居たような気がする。いつもお店に来てくださり、いろいろなアドバイスをくださる先輩。息子たちにいいのでは?と波チェックができていない日に、逆に波情報をくださることもある。夫を慕って来てくれる地元の後輩や、サーフィンの後輩たち。そんなに頼りにはならなそうに見えるのに(←ヒドイ言い方(笑))、相談や報告に来てくれることもある。遠方からわざわざ足を運んでくださる方や、夫にと、お仕事を依頼してくださる方々。ショップは違えど気にかけてくださる方々。本当に本当にありがたい。15年を振り返ってみて思ったのだった。焦っても仕方がないのかなあと。日本一にはなれなくても(いや、普通に無理だけど(笑))、続けていくことが、私たちにとっては身の丈に合った目標なのかもしれない。ありがたいことに、今も慕ってくださる方々がいるのだから、誠実に向き合いながら、少しでも成長していかなくては。物はネットで手に入る時代なんですよね。実店舗の必要性を見出していくのは、年々難しくなるかもしれない。だけど、サーフィンというものはまた、その枠には収まりきれない部分があるのだと思う。

悲しみ

毎日を過ごすなかで、やっぱりおもむろに父を思い出すことがある。病床に伏せていたときは、その現実とばかり向き合っていたような気がするけれど、今は笑顔の父を思い出すことも多い。そんな父に、もう少しだけ孫たちの成長を見届けてもらえたら、どんなに幸せだっただろうと思う。そしてそんな素直な気持ちとは裏腹に、もう考えたくないと封印した、さまざまな後悔、怒り、悲しみが、今でもくすぶっていることも思い知るのだった。そんな波がやってきてしまったときは、もうそれ以上は考えない。ただただ悲しみを感じて、受け止めて、波が過ぎて行くのをひたすら待つ。そんな思いを抱えているのは、私だけではきっとない。父が旅だったときに、「本当の意味で心が癒えるには時間がかかる。前を向こうとすることも大切だけれど、時間がかかって当たり前だと思って、あまり無理をしないことです」そう言ってくださった方がいた。その意味を、日々を追うごとに噛みしめている。暗い方に暗い方に向かって生きていくのは嫌だ。藁にすがってでも、私は明るい方を目指して生きていたいといつも思ってる。だけど、悲しいときは悲しいで、仕方がないのだろうなあ。「桜、ネコ、電車。この言葉を覚えておいてください。」先日、長引く頭痛で脳外科を受診したときに、処置を受けているカーテンの向こうからそんな声が聞こえてきた。いくつかの質問をしたあとに、さっきの3つを答えるよう促されている。「桜、ネコ…」おじいさんの声がそこで止まる。まったくの知らない人なのに、私は祈るような気持ちになる。「もう一つは乗り物でしたよ」とヒントを出されるとすぐに「電車」そうしっかりとした答えが返ってきた。そのあとの質問にも、しっかりと答える声が続く。ホッとしながら、なぜだか勝手に涙がこぼれていた。

好きなことを考える

先日、生まれて初めてのMRI検査を受けた。ちょっと閉所恐怖症の気があるので、辛くなったらどうしようとか不安だったけれど、以外となんてことなかった。固定されて動けない筒の中に入ったら、なんだかもう、「私はなるようになるのだろうなあ」と思ったのだった。目を閉じると(目を閉じると、狭い場所だということも感じなくなるという、当たり前のことに気づく)、不思議と楽しいことばかりを考えていた。愛して止まない息子たちの、おもしろエピソード。ぶつかってばかりいるけれど、それでもずっとお互いに努力をして、共に生きる夫のこと。いろいろな、忘れられない幸せの瞬間。そんなことを考えていたら、耳に聞こえてくる騒音すらも、なんだかそう悪くなく思えてくる。(あれ、音のバリエーションが豊富なところがいいですね。単調だったら辛かっただろうけど)そうこうしていたら、危うく眠ってしまいそうになった(意外と図太いのかもしれない)。そうか。好きなことを考えるといいんだ。そう思った。せっかく、(自分で言うのもなんだけど)想像は得意なのだから、こんな風に使うといいんだろうな。もちろん検査結果に異常がなかったから、そんなことが言えるのだけど。まだ健康でいてくれた私の脳に感謝なのでした。