ノーサイド

生きている間というのは、いろいろなことがあるけれど、
命を終えるときは「ノーサイド」。


なにかそのような、「ノーサイド」の空気感というものを感じるときがある。
それは、去っていく人からの最後の贈り物のようなものかもしれない。


私にも通したい意地みたいなものが一丁前にあったりするけれど、

そんな贈り物すら受け取れない自分であってはいけないと思う。



昨日、父の容態が思わしくないと連絡があり病院へ。
一夜明け、なんとか落ち着いた様子でほっとするけれど、きっとこれからは、このやりとりが何度か続くのかもしれない。
口に出しては誰かが傷つくかもしれない言葉が、心のなかを行き来する。

でもきっと、たどり着く気持ちはみんな一緒なのかもしれないな。


昨日はなんだかとても疲れた。

すぐに眠ってしまいそうだったけれど、なんとなく起きていて、テレビを見ながら息子達と冗談を言い合って笑った。

一人、二人と寝静まり、歯を磨いていたら涙が止まらなくなって、少しの間私は泣いた。
長男坊が、それには気づかないふりをして、なぜか一緒にずっと起きていた。


海日和♪

南国宮崎の海の香りをあなたにお届け。 夫のサーフショップのお手伝いをする毎日、一人の母として、一人の女性として、日々の徒然を気ままに綴ります。

2コメント

  • 1000 / 1000

  • hiromix

    2017.09.13 05:55

    @welina-kaiありがとう。 今朝は昨日よりも随分落ち着いていてほっとしました。 もうずっと悪かったからね。仕方がないのだけどね。 いつも思うけれど、こんなときの看護師さんの一言ってホント温かいよ。何気ない一言で、患者さんや家族はすごく救われたりしてると思う。
  • welina-kai

    2017.09.13 05:18

    涙は時に気持ちを落ち着けてくれますよね。 優しい長男くんが隣にいてくれてよかったです。 あまり無理しないようにしてくださいね。