もっと高く飛べる日まで
昨日はサーフィンの級認定試験だったのですが、残念ながら合格することができなかった次男坊。
しばらくは受け答えも少しくらい笑顔を交えて話してはいたのですが、きっと泣きたいのだろうなとすぐに分かった。
帰りは諸事情で車2台に分かれて帰宅したのだけれど、誰も乗っていない父さんの方の車に、スッと乗り込んだ。
次男坊は、父さん子。とくにサーフィンの道を志すようになって、父さんの存在というのはとても大きいのだと思う。
悔し涙の車中、どんな親子の会話が繰り広げられたのだろうか?
覗いてみたいけれど、それはきっと 二人だけの世界。
運動は割となんでもできる方。
そんな次男坊でも、なかなか思うようにすんなりとは進めないのがサーフィン。
自分のことを分からされるというのは、苦かったり酸っぱい思いがするのだけれど、それがサーフィンの魅力でもある。
悔し涙はできれば流したくないけれど、
失敗の辛さもできれば味わって欲しくないのが親心だけれど、
どこかでこういう思いも、しておく必要がある。
悔し涙から、きっとたくさんのことを学んだだろうなあ。また、学ぶんだろうなあ。
夜、次男坊がまた、何やら父さんと話をしている様子だった。
今日検定中にやったライディングで、たとえばフィニッシュをこうしていたら、ああしていたら、点数が届いていただろうか?
そのような会話だった(今度は盗み聞きしました(笑))。
自分なりに、いろいろと考えているようです。
子どもというのは、まるで飛び立つ練習をしているひな鳥のようだ。
いつか高く、もっと高く、はばたいていく。
そんな練習をきっと今、しているような気がするのです。
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